天文宇宙検定公式アカウントにて紹介した『『アルマゲスト』を読んてみよう』(加藤賢一著)の投稿に多くの「いいね」をお寄せいただきました。ありがとうございます。加藤先生の素顔に迫るインタビューを公開いたします!
■先生、『チ。』を求めて図書館へ行く
編集部(以下、編):先生、今回のXでの反響ですが、実はアニメ化もされた人気漫画『チ。―地球の運動について―』のファンの方々が「『アルマゲスト』の解説書があるのか!」と驚いて反応してくださったようなんです。
加藤先生(以下、加藤):そうなんですか。実は私、その漫画を読んだことがなくて……。同級生にたずねたら「読んだ」なんて言うものですから、近所の図書館にないかなと思って探しに行ったのですが、残念ながら見つかりませんでした。広く読まれている書物なんですね。
編:ぜひ今度は書店で手に取ってみてください(笑)。私どもがお世話になっている天文学の先生方もこぞって読んでいる話題作なんですよ。作中では「完璧な知の壁」として天動説(アルマゲスト)が立ちはだかるのですが、先生が今回、あえてこの難攻不落の古典をテーマに筆を執られた動機は何だったのでしょうか。
加藤:私自身、長年天文学に親しんできましたが、天文学の原点とも言えるプトレマイオスへの理解を通じて、その発展を自分なりに納得したいと考えたのがきっかけです。それと、実は「リベンジ」でもありまして(笑)。かつて名著と言われる薮内清先生訳の『アルマゲスト』(恒星社厚生閣刊)に挑んでは、何度も弾き飛ばされてきた経験があるんです。
■1900年前の「シンプルの極美」
編:現代の私たちから見ると、天動説は「間違った古い愚かな知識」というイメージが強いですが、先生はどうお感じになられますか?
加藤:確かに「地動説が善、天動説は悪」のようなイメージがあるかもしれません。しかし、プトレマイオスの信条は「一つの現象には一つの理由」という、最もシンプルな道でした。地球が動いている実感がなければ、止まっていると考えるのが最もシンプル。その運行論をユークリッド幾何学で記述した『アルマゲスト』は、いわば「シンプルの極美」と言えると思います。
編:1900年間も残った理由はそのあたりにもあるのですね。
加藤:ええ。それに、彼は決して一人でこれを作り上げたわけではありません。先人の業績を借りてきたことを隠さず、自らの研究も織り交ぜて体系化しました。彼は優れた研究者であると同時に、膨大な資料をまとめ上げた驚異的な「編集者」でもあったわけです。『アルマゲスト』なくして、コペルニクスもケプラーもありませんでした。
編:漫画『チ。』では真理を追求する情熱が描かれますが、かつての学者たちにはその時代ごとに独自の苦悩もあったのでしょうね。
加藤:そうですね。プトレマイオスが生きた当時は、宇宙の構造に関する問題は「神学者や哲学者」の扱う領域とされ、数学者はそこに近づくことすら許されませんでした。数学者は、与えられた天動説という枠組みに従って、運行モデルを作るしかなかった。「なぜ?」がNGの世界、タブーがある世界の息苦しさがあったわけです。
編:科学が自由ではなかった時代の制約ですね。
加藤:『アルマゲスト』の冒頭には、そうした議論はしないという趣旨の記述があります。彼にどんな意志があったかは想像の域を出ませんが、何となく、数学者としての立場に甘んじなければならなかった「悔しさ」がにじみ出ているようで、共感してしまいました。
■数学は「宇宙を映す映像」
編:ご著書は「高校数学で読める」という点も大きな魅力ですが、数式を見るとどうしても身構えてしまう読者も多いと思います。
加藤:数式はイメージを記号に置き換えたものです。図を描いて惑星の動きがイメージできれば、本来は数式は不要なんです。ただ、数式が得意な人は、記号から宇宙の動きが映像のごとく浮かんでくるので、「だいぶお得」ですよ。
編:なんともうらやましい方がいらっしゃるんですね。先生が本書の中で、特に「知性の極致(エレガント)だ!」と感じられた部分はどこでしょうか。
加藤:惑星の動きが均一に見える場所を定義した「エカント」ですね。これがあるおかげで、プトレマイオスのモデルはコペルニクスを飛び越して、直接ケプラーの楕円軌道に直結するほどの精度をもっていました。およそ2000年も前にこれほど高度な三角関数の応用ができていた事実に、当時の人々の知性の凄まじさを感じます。

■小さな私たちが広大な宇宙を理解する
編:最後に、ご著書を読んでみようかなと思われている方々、私どもが主催する天文宇宙検定を受験者してみようとお考えの方々、これから宇宙を学ぼうとしている方へメッセージをお願いします。
加藤:私たちは地動説を知識として「信じる」ことはできますが、日常の感覚で「感じる」ことは不可能です。だからこそ、抽象的な思考で宇宙の仕組みを解き明かす楽しみがあります。かつてティコ・ブラーエは言ったそうです。「小さな自分が広大な宇宙を理解できるとは、何と素晴らしいことか」と。皆さんの知的好奇心を広げ、自分だけの新しい世界を見つけていただければ幸いです。
■著者紹介
加藤賢一(かとう けんいち)
東北大学理学部卒業、理学博士。
元岡山理科大学教授、元大阪市立科学館館長。専門は恒星物理学。
著書に『プトレマイオスの占星術書 テトラビブロス』説話社、2022年。
【編集後記】
加藤先生のお話を伺い、数式への恐怖心が「知の歴史への敬意」に(ほんの少しだけ)変わった気がします。1900年前の巨人の肩に乗って、皆さんも宇宙の深淵を覗いてみませんか?
ぜひ書籍『「アルマゲスト」を読んでみよう』でお楽しみください。
※本記事の内容は、著者・加藤賢一先生の研究に基づく独自の考察を含みます。科学史・天文学史における定説や諸説は多岐にわたりますが、本稿では『現代の私たちが古典をどう味わうか』に焦点を当てて構成しております。
